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2018年10月28日 (日)

★華氏451度を見る。過去が予見する未来に追いついた感とだからの齟齬。

オリンピックで4年ぶりに唐突に復活したが、この期間に引越ししたり仕事が変わったり仕事が変わったり引越ししたり仕事が変わったり引越ししたり仕事が変わったり身内が突然死したりと外部環境にいろいろと振り回されてしまい健康を損ねたりしておりました・・・。現在は細々と復活しております。

舞台を見に行く環境からもちょっと遠ざかってしまったが、たまには見に行ったりしているので再び時々感想を書いていけたらと思います。

★☆;"・.★☆;"・.★☆;"・.★☆

さて華氏451度。
レイ・ブラッドベリの有名な作品の舞台化ですが、私は読んだことが無く、舞台のサイトやチラシのあらすじを読んだだけで見に行った。
実はタイトルも覚えられず731度だと思っていた・・・。何故その数字が出てきたかは謎。

以前井上芳雄氏の1984を何も知らずに見に行って、あああすごく苦手な場面が満載(泣)(泣)(泣)・・・となったので、共通する部分も少しある設定に、どうしようすごく悲劇的な終わりとかだったら!すごく苦手な場面が続いたら!と非常に緊張しつつ見はじめた。

希望のある物語でした。良かった。


1953年に書かれたSF小説だが、現代の物語のように感じる。
原作を読んでいないので、脚本の長塚さん、演出の白井さんがどの位現代を思わせるようにしているのかは分からないけれども。

本の所持が禁止されている世界。しかし文明は高度に発達し、人々は映像や音声を一方的に浴びるように享受し考えることをやめている。
本が見つかるとファイアマン(公務員)が出動して本を焼きに来る。
主人公のモンターグは普通のファイアマンとして着々と任務を行っていたが、隣の17歳の女性クラリスとの出会いや本と一緒に焼かれる事を選んだ老婦人との出会いを通して、本には何かあるのでは?と禁じられた本を読み始めて変化していく。


三方が本で埋め尽くされた非常に印象的なセット。何かクッション的な?もので作られた真っ白というかグレーの本に映像が映されて色々な書籍になったり、メラメラ~っとした火が映されて焼かれたりする。
プロジェクションマッピングが舞台でも浸透してきて、様々な作品で非常に印象的に効果的に使われるようになったなと思う。
綺麗だし一瞬で切り替わるし、でもちゃんと舞台だからこその使い方。

壁としても存在するので、この世界の人々が一日中楽しんでいる映像の画面としても使われている。
この世界では映像は「家族」として自分が楽しめるものをずーっと提供してくれるので皆享楽的に生きている。


とても詩的で美しく1953年に書かれたとは思えない程現代的な示唆に富んだ作品で、非常に身につまされる。

のだけれども、あまりに現代的すぎてリアルすぎるために、そこは流すべきだと分かっているんだけれども、どうしてもちょっと思ってしまったこと。
何で書物だけアナログなんだろ。

機械猟犬が出てきたり高性能イヤホン型トランシーバーみたいなものが出てきたり、スマホみたいなものが出てきたりして色々発達しているし、彼らは文字は読めるみたいなので文字自体が禁止されている訳ではない。

書物を燃やされる位なら一緒に死ぬ!位の覚悟をもって生きていたり、今は雌伏の時だが書物がどのくらい重要で大切か分かっている人々が出てきたり、地下ラジオを発信できる技術があったりするのに、誰一人として文字を電子化しようとか、電子化した本を全世界にばらまいてやる!という発想自体が無い世界なのが現代に生きている人間としてはどうしても気になってしまった。

勿論この世界ではそういう事になっていることは分かるんだけど、映像耽溺場面とか、スマホっぽい何かとかがリアル過ぎて現代との地続き感があり過ぎて、書物だけが突然アナログである事が気になっちゃったのかなと思う。

まあそこは1953年の時点では文字情報が現代の世界のように発達するとは予想外だっただろうし、自らが能動的に進めるしかない書物と、映像とかの感覚的で受動的なもの、の対比なのは分かるんだけど。

それに文字情報を電子化して対抗しようとすると絵的に地味だしハッカーの話みたいになっちゃうし、物語のテーマとずれるからこれで勿論良いのだが。


・・・こういう現代との相違が思わず気になる位に、現代に書かれた、今現在の社会を皮肉った物語のように感じます。
若かりし頃に恩師と「考えることの重要性」「考える自由がある事」について真剣に語った事なども思い出した。

この物語は「本を焼く」という衝撃的なビジュアルに目を奪われてしまうけれども、実際に問題なのは別に焼かれなくても自主的に映像などに耽溺して享楽的になっていく人々なんだと思う。
別にわざわざ焼かなくても読まない。
だって考えるのは疲れちゃうし、刺激が強すぎるし。

なかなか一口に感想を言うのが難しいので取りとめなくなってしまうけれども、物語の状況とはちょっと違う世界だけれども、非常に近しい問題を抱えている現代に生きる人として、様々に考える事がありました。


舞台としてとても印象的だったのは、機械化されたもの=機械猟犬とかステキ映像とかサブリミナルの如く連呼されるCMとか=と、書物というアナログなものを燃やすというアナログな手段で消すことと、役者陣の身体表現とかあんまり意味のない露出度の高さ(笑)とセットの無機質さ。
相反するものが同じ世界に交じり合っていて、それが見ていてとても面白かったし印象的だった。
生身の人間の力強さもとても感じたし。

美波さんがクラリスだったり妻だったりシカだったり機械猟犬だったりの正反対の役をやっているのも面白かったし、吹越さんの饒舌さも素晴らしかった。
役者さんは皆よかった。吉沢さんを初めて生で観たけど、やはりかっこいいな~と思ったし、まあモンターグ君はちょっとうっかりな行動が多いよ~とドキドキしたが。
吹越さんを始めとして皆膨大なセリフを話しているけれども、「セリフ覚えてすごいな~」と思わせない所も素晴らしかった。

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