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01★ミュージカルを見る。

2013年4月22日 (月)

★妄想:内藤大希シリーズ。

私が内藤大希氏に対して何か妄想すると、割と現実とリンクするのですが。

先日、『スリル・ミー』妄想キャストを考えて「実際に10代の時を共有している2人組で見てみたい」妄想を叶える人として、大山真志さんと内藤大希さんをあげたのだが。
(ただし全然役と合わないので無念。なのだが)

最近、大希くんが今後出たい作品として、「スリル・ミー」を挙げていたと教えて頂きました。
そうなのか!そう言えば、もう一個妄想が実際に叶ってた「恋するブロードウェイ VOL.1」には松下洸平氏が出てたしな。
う~ん大希君にドロドロ感はゼロだし、彼の歌声は柔らかく優しい所がポイントなのでやっぱり合うとは思えないけど、でもバリエーションの一つとしてはありなのかな~とか色々思うのであった。


最近のわらわらいる若手で、例えば大山君とか、小野田龍之介君とかは、正直40代位になって売れればいいか。というような芸風なんだけど、大希君はどうしても20代の内に世に出したい。出てほしい。と思う人です。

所謂大型ミュージカルは、20代までと40代以降で演じる役が断絶していて、20代は王子様みたいな人ばっかりなのに、40代以降になると、王子様だった人が移行する役がなくなっちゃって、今度はキャラクター俳優みたいな役ばっかりになる印象がある。
だから20代では王子様じゃなかったけど、バルジャンとかが似合う今井清隆さんみたいなタイプの人はたくさん役があるような気がする。

今人気のあるミュージカル俳優を考えても、王子様石丸幹二は王子以外の役に積極的に取り組み、友人から「エリザのトート、松井誠みたい」などと言われてしまったりするのだ・・・。
大体岡幸二郎がジャベールをやるのは変だが、かっこいい40代とかがなかなか無いので、かっこいい役じゃないけどやたらキラキラした俳優がやる事になるのだ。


・・・というような現状をみるに、大希くんはどちらかというと大型ミュージカルではなく、オフから上がってきたようなひねりの効いた作品の若人が似合うのではと思っており、何とか彼は今のうちにもっとクリエとかでやってるようなミュージカルに出てほしいな~と思う。

以前、友人に「大希くんは、RENTとか、ユーリンタウンとかに出ればいいと思う。流山児に出たんだったら、彼らのカンパニーのユーリンタウンに出ればよかったのに!!」とメールを送った。
ら、翌日友人が見に行った「恋するブロードウェイ」で、まさに「RENTとユーリンタウンの歌歌ってたよ」と言われたのであった。

RENTはともかく、ユーリンタウンというマニアックな作品を選んでくるところがさすが岡さんだなと思うと同時に、本当に出てほしかったよ大希くん!!と思った。

↑ちなみに、流山児初演時のユーリンタウンのボビーは、戦国鍋TVで言うと、徳川十五代将軍の7代将軍家継=遠山悠介が確かやってたはず。

何か合ってる役が今たくさんあると思うから、今、世に出てほしい。


あ~合ってるという事で言えば、鈴木拡樹氏は今から死ぬ気で練習して歌うまくなってくれないかな・・・。内野聖陽位劇的にうまくなる人もいるから(出発点がマイナス500点位だったというのもあるかもしれないが)可能性はあるよな・・・。
拡樹くんの独特の存在感はミュージカルのような極端な世界でも活きると思うんだけど。彼も新納さんが出てそうなちょいひねりの効いた作品が似合そうなんだけど。
映画しか見た事ないけど、ロッキーホラーショーの巻き込まれる青年とか。

ちなみに先日妄想してた、スリル・ミーキャストで、もし拡樹氏が歌えたら、「彼」だよね。で友人と意見一致。
何かに執着するイメージがないんだよな拡樹氏。どちらかと言うと、何の実感もなく人殺せます。という系に狂気のイメージ。
拡樹くんの底が知れないイメージが活かされる役が今後見られることをめちゃくちゃ祈ってます。

2013年4月15日 (月)

★妄想『スリル・ミー』。求む。演劇畑で実は歌うまい人。

先日『スリル・ミー』にはまる友人と妄想会議をしたのですが、次回は、演技キャストが見てみたいよね。と。

どちらかと言うと今までの人々はみんなミュージカル畑、音楽畑から選ばれている人たちなのだが、一回ものすごく心理戦を繰り広げてくれる演技系キャストが見てみたい。

だが、そんな演劇人は知らない!!誰か、「実は歌える演劇人」はいないものか・・・。

★ちょっと年齢に無理があるけど新納さんがいけるならいける!演技系キャスト
・彼 小林高鹿(ペンギンプルペイルパイルズ)
・私 浦井健治

高鹿さんは、ナイロン100℃出身で、現在ペンギンプルペイルパイルズに所属しているストプレ俳優さん。
新納さんと同い年です。あ、ラジオを聴く方には「安部礼司」でおなじみかと。
経歴からと、見た目の印象から、どちらかと言えばエッジの効いた演劇人である印象を持っている方が多いと思いますが・・・というか、スリル・ミーをご覧になるようなミュージカル好きは高鹿さん知らないかもしれませんが、実は歌が上手い。

音楽座の「リトル・プリンス」にて、主人公である飛行士を演じた際は、野田久美子ちゃんたちミュージカル俳優に混じってそん色なく歌えていた。びっくりした。
あとナイロン→ペンギンという所属なのにザ・健全イメージの音楽座に出て何の違和感もなかったのもびっくりした。

そんな高鹿氏にぜひ彼を!!正直私の見た事ある「彼」は、ニーチェ本当に読んだことあるのか若干疑問に思えるのだが、高鹿さんは本当にニーチェ読んでいそうに見えるだろうし、頭よすぎておかしな方向に。が上手いと思う。家族との間で傷つくような脆さが出るかどうかは不明だが。

そして何で相手が浦井くんかというと、なつかしの「SHAKESPEARE’S R&J」キャストつながりです。
この作品はすごくすごく面白かったんだけど、宣伝しづらい作品だったから客入りがあまり良くなくて残念だった(泣)。
だが、首藤康之さん、佐藤隆太くんと4人とも今も大活躍してるし、今こそ再演してほしいよ~。
まあ10代の少年のきらめく日々。なのだが、初演時点ですでに10代から幾久しく遠ざかっていた首藤さんの驚くべきピュアな煌めきが素晴らしかったので、あまり若い人でやらない方がむしろいいのかな~と。

話がそれた。
浦井くんはキラキラ純粋系が似合うのと同時に結構粘着っぽいのも似合うと思うので。あと、彼はぱああっとしたスーパーばか坊ちゃん役もすごく似合うのだが、どことなく影を感じさせる役者さんでもあるので。


うーん高鹿さん的な20代の役者さんとかいないかなあ。
石川禅ちゃんみたいに歌える新劇の人とか。
あ、でもライフの石飛さんがまたレ・ミゼに出るように、小劇場系の役者さんにも私が知らないだけで歌が実は歌える人がいるかも。
そう、レ・ミゼで石飛さんを見た時に、やっぱりストプレ俳優がミュージカルに出るとすごく細かく演技していて説得力があるよなと思ったんだった。

しかし最近20代の人をあまり演劇で見ていないので今の人は分からなくて、妄想キャストが出せない。無念。


いやイケメンはめっちゃ見てるんだけど。所謂イケメン舞台で彼らを見ているので真価分からず(泣)。
・歌えるけど全然役に合わない。
例:大山真志と内藤大希。実際に10才位から知っていて今20代半ばという「現実に同じ時を共有している人で見てみたい」という私の希望を素晴らしく叶えた二人なのに。基本的に二人とも作品における「光」ポジションなのでまったく役に合わない・涙。だが大希君はその「光」感を活かし、ぜひ次回ライフでトーマやるときエーリクで客演してほしい。「彼の感情は素直で贅沢だ」にぴったりだと思う。
・演技できるけど歌えない。
例)辻本祐樹。辻本くんがやるなら私だと思う。見た目可愛いし。
・あの衣装が似合う。スーツ着て似合う人。
例)兼崎健太郎(しかし演技以前に根本的に陽性なので無し)

基本的にイケメン舞台でしか見てないので、みんなザ・健全!!に見えるんだよな・・・。

私見た事あるイケメンで、ダーティな役似合いそうな人って・・・前述の辻本くんのほかには村井良大・鈴木拡樹・中村龍介位しか思いつかない・・・全員ミュージカルに出られるほどは歌えない・・・のに全員ミュージカルに出た事ある・・・なぜ・・・。

イケメン舞台ループにはまってるけど実は歌える人とかもいないのかな~。

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日本の初演が新納・万里生という大劇場ミュージカルペアだったから、割と派手でくっきりした印象が強いんだけど、一度歌はそこまでうまくなくていいから、めちゃくちゃ演技系のペアが見てみたいです。

2013年3月27日 (水)

★『スリル・ミー』を見る。気になった色々とか。

★深読み好きは絶対はまると思われるスリル・ミー。
特に日本版は、詩的な歌詞になる事でより抽象性が高まり、特に彼の存在が謎めくんだなと、今回韓国ペアを初めて見て思った。

★そんな「彼」であるところの美しき虚無・小西彼について。
この人『自殺クラブ』とかつくりそうだな。と思った(笑)。
↑みなさんご存じですか自殺クラブ。私もうろ覚えすぎるんだけど、ジキル博士とハイド氏などを書いた人の小説で、何かお金持ちたちの道楽として、「自殺クラブ」なる秘密クラブがあるんですよ。
自殺したいんだけど自分ではできないアナタのためのクラブで、カードで「死ねる人」と「殺す人」を選んで、「殺す人」は「死ねる人」をなるべく苦しくない方法で殺してあげなくてはいけない、というゲームを定期的に開催している。何かスリルを求めて、逆に生きる実感を得るために、お金を積んで絶対死なないだったか殺さなくていいだったかの特別会員になってる人とか居るんだけど、結局いろんなことがあって破たんしていく・・・みたいな話。
だった気がするけどもしかしたら全然違う話かもしれない・・・うろ覚えすぎですみません・・・。

今回らちこに組は日本語版の謎めいた詩的な歌詞の意味がすごく分かる感じのペアだったんだけど、小西彼は文字通り「スリルを味わいたい」人で、しかも自分は絶対安全な所から。という印象だったので、何か自分はクラブをつくるけどあくまでプレイヤーにはならず、生と死をかけた文字通り命がけのゲームに興じる人々を見ることで満足感を得そうなヤバさを感じました・・・(笑)。

何か数日経つと、小西彼は契約書の時におびえる良知私を異様に楽しそうにいたぶってる所とか(笑)、何かそういう猟奇的な所ばっかり思い出すのだがなぜだろう・・・。


★かっきー彼のものすごく機敏な動き。
特に警察に拘束されて解放された私と公園で再会した時。激昂した柿澤彼は、松下私を床に押し倒し胸ぐらをつかみぐいっとあげるんだけど、ものすごいトップスピードで松下君の体を起こして、ものすごい顔近い所で止めるのがすごいな~と感心する。
ほんとに速いのにぴたっと止められるのがすばらしい。松下君は怖くないのだろうかと思う。


★ジホ彼の誘拐準備。
塩酸これしかないのか。とか言いつつも威力を試すためにちょっと垂らしてみて、威力にちょっとびっくりしているのはどうか(笑)。


★ジェウン私のたばこの火
日本版と異なり、彼がたばこをもてあそんでいるのを後ろから見ている時点で、きっと火をくれって言うであろうと先に準備していて、「火あるか?」と聞かれた時点ですぐ出してあげるのがすごく印象的だった。

あと、「スリル・ミー」のあとに、日本版の3人はみんな様々な理由でよし満足。なんだけど(←松下私と今回いないけど万里生私は彼が好きなので自分の欲求が満たされたことで、良知私は契約がきちんと実行されて自分が譲ってた分をイーブンに取り戻せて、に見える)、ジェウン私はここでちらちら彼を見て様子をうかがっている感じなのも気になった。
すごく対等な印象の韓国版なんだけど、時々弱気になる、そのタイミングが意外な所な感じがして。


★らちこに組の非現実感について
演技的には日本3ペアの中で一番リアルというか、「物語」としての美しさや抒情性を割と排した、現実的な、観客に共感を得にくい展開をしているように見える良知私・小西彼ペア。
なのだが、これはこの二人の外見だから許されるんだろうなと。

美しい見た目は非日常感をアップさせるので、割と現実的な印象が軽減される。
あと、日本版スリル・ミーは様式的な非日常的な動きをしているけど、特にらちこには単純に見た目がちょっと変で、ありえないほど顔近づけて話すとか、思わせぶりにやたら私に触れているとか、見た目が変に劇的な印象が。

そこで、彼らと全く同じ演技展開をしたら誰が一番嫌か考えてみたのだが、彼らと世代のなるべく近い所で自分の知っている範囲だと、ヨーロッパ企画の人。でした(笑)。もうちょい下では思いつかなかった・・・。

私の中のヨーロッパのイメージは、ある一点ものすごい大嘘をついている設定世界の中で、日常的な見た目と身体性を持つ人々が、普遍的なグダグダを演じる。という感じ。
上田さんのSFは、あの日常的に見える役者陣だからこそ成り立つ。

前小西彼と同じ展開を大倉孝二がやったら怖い、と書いたが、もっと日常的な印象の人・・・例えば酒井善史さんとかがやったらものすごく怖いんじゃないかな~と。隣の人が犯罪者。的な。

そういう意味では、近所の坊ちゃん。みたいな松下私が異様に怖く見えるのは道理だな。と思った。


★私と彼、シャッフルしたらどうなるんだろう・・・。
基本的に、二人芝居で二人の関係性のみを延々延々見せる劇なので、相手が変わった瞬間に、多分演じる人は同じでもキャラクターが別人になると思われる。

今回の松柿・らちこに組は全く違う所から切り込むペアだし、この彼だからこの私。な組合せなのだが、ここシャッフルしたらどう見えるんだろうな~とちょっと思った。見た目の日常性と演技のリアルさの展開を考えていて。

・・・と思ったら夏におまけコーナーをやってたか!(笑)。

・・・ただ、私が見た、非日常的な見た目=小西彼と、日常性の中の狂気=松下私は、しれっといろんなことを仕込みまくる小西彼の全てに松下私が引っ掛かり、終わった瞬間に「真面目にやるって言ったじゃん」と抗議していた感じの面白コーナーだったから分からん(笑)!
感想を聞かれ、松下君に「先輩に申し訳ないんですけど・・・変態?」と言われていた小西氏。
終わったあと、一目散にかっきーの後ろに隠れに行った松下君が子どもみたいで忘れられないのだが(笑)、まあ、結構本気で怖がってたので(笑)・・・やっぱりうまく組み合う人を組み合わせたな。と思うのであった。
小西彼にはやっぱり良知君みたいな何されても負けずに攻め入るタイプじゃないと私が可哀想に見えるんだよな~。

★『スリル・ミー』を見る。(松下×柿澤組)離れられない二人。

今回の「スリル・ミー」。松下洸平×柿澤勇人組を、彼らの初日と千秋楽に見ました。

が、初日の時は突然花粉症的症状に襲われており、若干集中力に欠けた(泣)。
その反省点に立ち、千秋楽の日は薬を飲んで行った。今度は薬が効きすぎて途中で眠くなってしまったのであった。

ああ。もうちょっとベストな体調で見たかったなり松柿。

私は銀河劇場になってからの再々演と今回を見ているのだけれども、松柿ペアもらちこにペアも、本当に別の作品のように変化しているのがすごく面白いなと思った。

特にらちこには前回初めてだったので、もちろん今回の方が二人とも深まっているよね。という事もある。
しかし、この作品の面白い所は、いつでも最新の回が深まって素晴らしい、という訳ではなくて、毎回、その時の関係性は完成していて、次はまた全然違うものになる所だなと思う。

今回、日本チームは、松柿ペアのほかは、愛の人にろまりペアが抜けて、リアルなパワーゲームらちこに組が一緒に残留した。

最初に見た時は、この事がこのように松柿ペアの見え方に影響するのか!と思った。
日本初演は多分間違いなく情緒のある愛の物語だったと思うんだけど、にろまり抜けのらちこにインで現実感がプラスされて、松下さんも柿澤さんもすごく大人っぽく落ち着いた事もあって、今回のスリル・ミーは甘さダウンでより苦い作品になった、と感じたので。

この後最後に韓国ペアを見て、いや、それでも日本版てすごーくやっぱり愛の物語だった・・・と思うんだけど。

★☆;"・.★☆;"・.★☆;"・.★☆ではまたここからネタバレで振り返ります。

私が初めてスリル・ミーを見たのはこのペアで、まったく物語を知らずに見に行ったため、妄想しすぎて
・彼は実在の人物なのか?私が妄想した幻影?
・私の犯した罪とは、彼を殺した事なのではないか?
等とあらゆる可能性を疑ってみていた(笑)。

それぐらい、松下私は柿澤彼に自分の存在全てをかけている危うさを感じていた。そして柿澤さんの「彼」は、この危うい「私」が猛烈愛しそうな、「私」の理想の人だよなと思った。


今回、二人ともすごく大人っぽくなって落ち着いた、と思った。
けど、やっぱり、あとの二組を見ると「未成年」であることをとても思い出す二人だなと思う。若くて幼くて危うい。

彼がいればあとはもう本当にどうでもいい。彼だけがほしい。とにかく彼が全て。な私。
不安定で傷つきでも虚勢を張って超人であろうとする彼。
二人はお互いがいることで自分も存在していて、絶対に離れられない感がすごく強い。

今回の松下私はちょっと大人な雰囲気になり落ち着いたため、前回ほどヤバいオタクには見えなかったんだけど(笑)、でも、やっぱり基本的イメージは理系研究者。法律勉強している文系には見えない。イメージキャラクターは「容疑者Xの献身」の石神。
はたから見ているとまったく理解できないかもしれない、愛に対する献身。何かを得るために後の全てを犠牲にしてもまったく構わない独自の自分ルールの存在。

松下君は今回若干不気味さがダウンしているので、彼の持つその辺の小動物みたいな可愛い坊ちゃん度が上がっていて、ああ可愛いな~と思える余裕ができた(笑)。
三角座りが可愛いな。とか、サスペンダーが可愛いな。とか(笑)。

彼登場時、ものすごくうれしそうで、どんなに振り回されような意地悪言われようが、とりあえず彼の存在がそこにあって、自分に会いに来てくれた事がうれしい、という彼大好きっぷりが可愛くも可哀想。

松下私はとにかく彼といたい。そばにいたい。できれば触れたい。できればもっともっと。という子なので、この後の犯罪にずるずる加担していったり、ごまかされて激昂したり、ついに殺人を犯すこと、そこで同時に自分の計画を実行することがとても納得できて、もっとも切ない。

松柿ペアで一番印象に残るのは、松下私の「戻れない道」。彼が好きすぎて気が付いたら戻れない道に踏み込んでいる私。「目指したものは理想の場所」とか「いつまでもふたり永遠の時間」「そう信じてた」といった、言葉だけ聞くとすごくきらきらした事を言うのがすごく切なくて印象に残っているんだと思う。

柿澤彼。落ち着いた事で逆にちょっと分からなくなっちゃった所もあった・・・。前回はもっと不安定だったので、私の必要度がもっともっと強かったように見えた。が、今回割と松下私の不気味度もダウンしたため、意外にもこの二人の間にもゲーム要素が入ってきた印象に。
それで、ラストが、意外と私を拒否しているというか、まさかおまえが!と驚愕して終わっちゃって、受け入れてない感じがして混乱したのかも。

かっきーに限らず、今回みんな歌い方が激しくなっているように感じたんだけど、特にラストのかっきーの「君を認めよう だがこれから君は孤独だ」の「孤独だ」がやけに激しく聞こえたからの印象なのかな・・・。

しかし基本的にはやっぱり松下私が全存在をかけて愛するにふさわしい、すごい「私」が好きになりそうな「彼」だった。かっきーの見た目は綺麗だけど小西氏ほど非現実的ではないので、普通にかっこいいな。と思えるし、虚勢をはって超人ぶっているが、実は家族との事で傷ついていたり、不安定になったり、結構繊細。

何ていうか、ああ。この人は私にだけ弱さを見せるのね。とか、私が護らなければ。等と相手に思わせる弱さと隙の見せ方が素晴らしい(笑)。

あと前も思ったけど、やっぱりかっきーの滑舌の良さは素晴らしいと思う。劇団四季に3年位いるとこんなにちょうどよい滑舌に!!と。それ以上居ると何か変なクセがつく気がするので、ちょうどいい時辞めたかっきー。とか思ったり。


松柿ペアは、孤独な二人がどうしようもなくお互いを必要としていて、気づいたらここまで来てしまった、何故。という結末なので、どのペアよりも切ない。

2013年3月25日 (月)

★『スリル・ミー』を見る。一体どんな「彼」なら納得できるのでしょう。

初演で「スリル・ミー」を見た後「絶対オマエは好きであろう。再演があったら見ろ」(←もちろんこんな口調ではない)と薦めてくださった友人の導きで予想通りはまったこの作品。

我々が何度となく妄想した「今後出てきてほしいキャスト」。
意外になかなかコレ!!を思いつかなかったのだが、今本気で素晴らしく見たいキャストを思いついたので書いておきます。

彼:田代万里生
私:海宝直人

実現可能で絶対いいと思うんだけどな~。

彼はすごく難しい役で、今までの彼でなかなか表現しきれていないところが「育ちの良さ」だよね。と。
万里生くんは「私」役次第だけど、「彼」的な所も持っていると思う。
そこで、見た目が可愛くて、歌えて、素直で可愛くてでも暴走してくれそうな海宝くんを投入。


彼の持つ相反する様々な要素を全部満たす存在は正直難しい。
頭の良さ、育ちの良さ、殺人も辞さない猟奇性(←これは無くてもいい)、女子にモテモテ、子どもも思わずついてくる、家族との関係に傷ついている欠落感がある、私をいたぶるのが楽しい。最後に弱さを見せ「しにたくなーい」を熱唱する。私が全存在をかけて好きなだけの魅力。


・柿澤彼は、頭の良さと育ちの良さが出づらい(泣)。彼の機敏すぎる動きがかえって邪魔をしてしまい、何かたまに街のチンピラみたく見えてしまう時が(号泣)本人(カッキー自身)の育ちはいいはずなのに!
かっきー彼は不安定で捨てられた子猫みたいな時があり、家族との関係に傷ついているナイーブさや皆に愛されている感は素晴らしく、何よりも何よりも、全存在をかけて松下私が愛するであろう「彼」である所が良いと思う。松下私が妄想で作り出したんじゃ・・・と思う位に「私」にとっての理想の「彼」であると思う。


・今回いないけど、新納彼は頭よさげな雰囲気なのに行動とのギャップで若干間抜けに見えてしまう時が(泣)。
日本版のスリル・ミーが最終的には愛の物語なのは、もちろん演出もあるけれども、多分新納さんによる所が大きいのではないかと思う。とにかく愛の人。意外ともっとも粘着性を感じる派手な万里生私にとって、相手に不足なし。な彼。ただ絶対子どもはついてこない!(笑)もっとも催眠術だったと思う・・・(笑)。


・小西彼が一番「?????」となるのは、絶対に「しにたくない」とは言いそうにないこと。しかもなぜジャベールのように激しく熱唱??何か川の渦に飲み込まれていく幻影が見えた・・・。
あと女子にモテモテがいまいち。何か近づけなさそう。危険を感じて(笑)。

小西さんは今回激変だが根本的には美しき虚無。一番猟奇性が高いが顔が綺麗なので何か良知私も観客も騙されている(笑)。
小西彼は、契約書の場面とかも、単に良知君の指切りたいだけなんじゃ・・・(笑)て位ものすごく楽しそうだったり、殺人後のロープばっちーんがやたら楽しそうだったり、とりあえず怖い。
基本的に生きる実感に欠ける人。何とも思わないから私への距離が一番近い。びっくりする位顔近いし気づくと触れてるし、まったく心が無くてもキスするし。
小西彼の特徴として、観客に向かって悪い顔をしないことがあげられると思う。だから、本当は何を考えているか分からない。今回は、多分小西さん自身に余裕が出てきたこともあり、多分本来の素で持っている人懐っこさとかがちらっと顔をのぞかせる時があって、相手に対してもすごく優しく微笑む一瞬が結構ある。
・・・あるんだけど、それが優しさの発露というよりも何かより怖さを増幅させてる気がする・・・。

色々感想を見たりすると、だから小西彼をどう見るかが全く反対になるのもすごくよく分かる。
私(←この場合の私は文章書いてるサクラの事です)にとっては生きる実感の無さが際立って感じられるので、全てはどうでもいい。に見えるんだけど、見えているものが一番印象に残れば、良知私に優しい、ちゃんと愛のある彼。になるだろうし。

・ジホ彼は、ジェウン私が際立って頭がよく見える事もあり、頭の良さ???てちょっとなる。別に頭悪く見える訳ではないけど。自分自身にすごく自信があるなという事がすごく印象的。茶目っ気もあって結構普段のお友達の多いキャンパスライフが想像できるので、女子にも子どもにもモテモテは納得。


うーん。この作品は「私」と「彼」との兼ね合いですごく変化するため、今いるキャストも相手が変わると多分別人になると思う。
とは言っても初期設定はあるので、そこを全体に何となく納得させてくれるペアが出てくるといいな~。

2013年3月24日 (日)

★『スリル・ミー』を見る。(チェ・ジェウン×チェ・ジホ組)こんなはずじゃなかった。という悲劇。

本日の千秋楽、韓国ペア・チェ・ジェウン×チェ・ジホコンビを見てきました。

※完全ネタバレで語るので、未見の方は絶対読まないでくださいませ。
たぶんそのうち再演すると思うので。

あ。全然ネタバレじゃないんだけど、見終わった後に友人と延々深読み&妄想した際の『スタジオライフが分かるひとだけの妄想キャスト』をこっそりあげておきます(笑)。

・想定弟=岩崎大
・想定弟じゃない別の誰か=深山洋貴

※注:実際には出てきません。
結構いい線いってると思うんだけど・・・(笑)。


では以下感想。★☆;"・.★☆;"・.★☆;"・.★☆


今回は全ペアコンプリートしたのだが、韓国版は初めて見る。

ぜんっぜん印象違った。
日本語で聴いている時も思ったけど、やっぱり、日本語は基本的に歌になった時点でどうしても「詩」になるんだなと。具体的な会話の中だとしても。
あと単純に音が入りきらなくて何か俳句みたいな、謎の思わせぶりな体現止めとか倒置法になっちゃったり。

韓国語ももちろん字幕なので文字制限はあるから直訳されている訳ではないが、すごく具体的な話をしていて、日本語で聴いていた時に引っ掛かりを感じた所がすごくスムーズに納得がいった。

小西彼は韓国版の「死にたくない」の歌詞なら納得いくんだけど、日本語の歌詞で最後に「しにたくなーいっ」て熱唱されると違和感がある、とかもあったし。

韓国版の流れがスムーズだなと思ったのは、日本版だと唐突に思えた「契約書を交わそう」という提案。

韓国版の?なのか、ジホさんとジェウンさんだとそうなのか不明だが、冒頭の二人は完全に対等で、彼のするいじわるはゲームとしてのいじわるであって、それによって私が彼に隷属する感じは一切ない。

「お前でなきゃダメなんだ」と言われた時にジェウン私が怒るのがすごく印象に残ってるんだけど、そんな事言っても騙されない、と。いつも裏切られてきたから信じられない。

それならば、一つ提案があるよ。契約書を書こう。文書にすれば二人とも満足する対等な関係に。

・・・という流れで契約書を交わすので、すごく納得。


あと、すごく話が具体的で、日本語版だと抽象的になる分彼が謎めくのかな~と思ったり。
弟を殺す、というときも、日本語歌詞だと「弟が死ねば全てオレのもの」だけだと思うんだけど、韓国語だと「大きな部屋が手に入る」とか、すごく具体的な未来を言う。
じゃ、別のやつを。という時も、日本語は「犠牲の羊」という詩的表現が最初に来て具体的な話はしないんだけど、韓国語だと「頭がよさそうなのはダメ」とか、具体的などんな子どもがいいか思いを馳せている。

文化的背景が影響するのかもしれないけど、もともとアメリカの物語を、韓国で、日本で、翻訳してやっている面白さをすごく感じた。

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韓国版は、根本的に、二人の心理戦であって、全く愛は無い。ように見える。
(らちこにに愛が無いと思ってたけどこっち見たら何かもうめちゃめちゃ恋愛劇だった!!と思った・・・)
本当に二人とも全然そんなつもりがなかったのに、一つ一つちょっとずつずれていって、気づいたら取り返しのつかない結果になってしまった。そんな印象だった。

ジェウン私の「戻れない道」で号泣したんだけど、その気づいた時は遅かった感、なんでこんな事になったのか、もう引き返せない、取り返しのつかなさにやり切れない気持ちになったんだと思う。

最後の彼は、日本語とはちょっと違い「こんなはずじゃなかった」と言う。
まさに「こんなはずじゃなかった」という話。


二人の関係性、心理戦、全体の物語の流れはとてもとても納得がいき、彼のキャラクターの整合性も割とわかりやすい。

冒頭のバードウォッチングは、観客に二人の関係性を端的に見せる場面なのだが、基本的に二人は本当に対等で、日本版の私は基本的になんだかんだ彼が好きすぎて彼のする事は全て受け入れちゃうんだなと見え方の違いにびっくりした。

ジェウン私はとても頭の良さを感じさせる。
そして淡々としている。

日本版だと誰がやっても謎めく彼。韓国版は全体にもっとリアルというか、日常性が普通に出てくる感じがあるので、彼の日常が想像できる。友達にも好かれて女の子にもモテる。
ジホ彼は見た目がザ・モデル。みたいな人なので、単純にかっこいいな。というプラス面があり、ちょっとお茶目さもあり、そして自分に自信がある。

自分は選ばれし人間なんだと、強さを持っていると、本当に思っていて、だからそれを証明しようと、ゲームの延長でジェウン私に持ちかける。


何ていうか、本当に契約書を交わす時も、最初はゲームに過ぎなくて、最初は本当に遊びだったはずなのに、ちょっとずつ相手との駆け引きや自分の優位性や、もっとすごい事できるぜオレ。的な所で取り返しがつかなくなっていく。

彼らが殺人を思いつく場面。
日本語の歌詞と数文字しか違わないのに全然違う意味になっているのが「誘拐だけにしよう」。

ジェウン私は、ジホ彼が超人思想に取りつかれて犯罪を犯すことに対して、馬鹿馬鹿しいし本当は付き合いたくないが、仕方なく付き合っている。だって契約しちゃったし。

でも、殺人は絶対に止めたい。弟を殺すと言われて、必死で説得する。
説得できて、よかった・・・と思った矢先に「別の誰か」を提案される。
何とか回避するために出てくるのが「誘拐だけにしよう」。
が、なぜか「何て天才なんだ!両方やろう」という流れになる。

ジェウン私が彼を翻意させようと必死で出したカードが全て何か違う方に転がっていき、気が付いたら彼は嬉々として準備をしている。戻れない・・・。


殺人というスリルを味わい興奮する彼と、別の仕掛けを同時にはじめて、これから起こる事への恐怖に混乱する私。
しかしついに私が落とした眼鏡が元で二人の犯罪は明るみに出る。

初めて弱さを見せるジホ彼。ここの「死にたくない」の歌詞はやっぱりこっちの方がいいよな~と思う。
彼は死自体が怖いのではなくて、超人であるはずの自分が、こんなつまらない所でつまづいて、一生狭い場所に閉じ込められて、誰かの決めた規則の中で生きろという状況が恐ろしいのだと思う。

そしてついに審判のときが。
ジェウン私に驚くべきことを告げられるジホ彼。二人の心理劇に決着がつき、そしてすべては虚しく、なぜ、いつ、どこから間違ってしまったんだ・・・こんなはずじゃなかったのに・・・という思いのままに、物語は幕を閉じる。


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韓国版はすごくすごく面白いんだけど、決定的に分からないのが、別に私、彼の事好きじゃないよね。と思えるところ・・・。

私の頭の良さが際立って見えるのと、別に恋愛の駆け引きをしている訳ではないことで、彼が取引の材料として出してくるキスとか、私が彼に迫る「今度は僕の番だよね」的な所が「????」てなる。
うーんそれって有効なのかなあ。

あと、最後に「ぼくの望み」が彼を手に入れる事、という事に何か違和感が。
二人とも別に相手への執着みたいなものは見られなくて、常に変化する二人の関係性によって坂道を転がるように運命が変わっていってしまったことの虚しさをばーんと感じて、話が終わり、そこは納得なんだけど、後から何か釈然としない思いが・・・。


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チェ・ジェウンさんはとにかくうまい役者さんだなと思った。
が、これを書いたらものすごく怒られそうなんだけど(笑)・・・途中から「最大限にかっこいいバカリズム」に見え始めてしまい、そう思ったらもう私の脳内キャラクターが「最大限にかっこいいバカリズム」になってしまったのであった・・・ごめんなさい・・・。
何ていうかどこからその発想が!?みたいなネタとか、女子が苦手とか、何となく私の中でバカリズム自体に「私」っぽいイメージを持っていたこともあるのであろう・・・ごめん!

チェ・ジホさんはとにかくでかかった。以上。
ザ・モデル。な体型なのでスーツが際立って似合っていてかっこよかったです。
笑顔が人懐っこくて、自信満々で、自分が強いと思っている感じがよかった。

あ、でも、「やさしい炎」の無理無理体勢は結構大変そうだった(笑)。

すごく不思議なのは、日本版ですごいひっかかる、彼の杜撰さにあまり目がいかなかったこと。
私の頭の良さが際立って見えたこととか、今この場で起こっている、二人のやりとりで状況があっというまに転がっていく事に目が奪われていた事でうまくごまかされた(笑)のかなあ。

2013年3月22日 (金)

★『スリル・ミー』を見る。(良知・小西組)美しいは正義。

ただいま『スリル・ミー』に案の定再びはまり中です。

良知真次さんの私、と、小西遼生さんの彼。を20日と本日、千秋楽を見てきました。


ということでネタバレします。注意!!!!!!!

あ、その前に千秋楽のカーテンコールのメモ。
二人ともやりきった!という清々しい表情で、まずは小西さんが良知君の肩を抱いて二人ではけていき。
・・・あれ。と思ったけどそれは20日か??ああ。すでに記憶があいまい(泣)。

あと、良知君が突然手を拭きだして、小西さんと手をつないで仲良くはけていき。
さらに、小西さんが良知君をおんぶし。
さらにさらに、良知くんが「さあ来い!」みたいな感じで小西さんに背中を向けておんぶ準備。で、意外と勢いよく小西さんが乗りに行ったのでよろめきながら良知君が退場していきました・・・(笑)。

見られてよかった♪

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

彼らにとっての初演である所の公演自体は再々演を昨年の夏に見たのだが、まったく印象が違った。

最初に思ったのは、良知君私がちゃんと報われてる・・・良かった・・・てことです(笑)。
前回は「勝ったのは僕だ。勝負の終わり」が最も印象に残ったのだが、今回は「僕たちは共犯者。だから、スリル・ミー」がすごく腑に落ちた。

あと、単純に、二人とも歌うまくなってる!と思った。小西さんは歌唱力が向上したんだな。と思い、良知君はこれらの楽曲に慣れたんだな。という印象。良知君が微妙に小西さんに負けちゃう時があるので、そこがもうちょいがんがん来れるといいなと思う。←彼私の力関係でコントロールしている部分ではなくて、単純に良知君自身の声が負けてると思われるので。

今回は、謎めいた美しき虚無であった小西彼がちょっと人間に近づいた感じがして、彼自身のキャラクターがちょっと見えるようになったように思う。
あと単純に私にちょっと優しいと思う。今回の方が。

一見すると一番二人ともSっぽく、強く見える良知君私だが、前回は小西彼があまりにもあまりにも心が無くて全て良知私をスルーしていく恐ろしい人だったため、ものすごく不憫だった。

小西彼は生きている実感がなにもない人なので、良知私に対してもまったく心が無いままに言葉もキスも何でもする。
そんな彼に対して、良知私がひたすらひたすら仕掛けて、「僕が必要だよね」「僕のこと本当は好きだよね」って彼を試している印象だった。

「僕はわかってる」は、本当はわかっていない。良知私は常に不安で「僕は分かってる」という事で自分自身信じようとし、彼にそうだよね?って探りを入れている。


しかし。今回の良知君は、ちゃんと本当に「わかってる」印象で、今回は逆に小西彼が常に良知私を試している印象になった。

多分ラストの印象が強くて、さかのぼって考えて、ああ。と思ったんだと思う。
前回の彼のラストは、何かに納得している感じだったのだが、一体何に納得したのか分からなかった。

今回は、あ、彼は結局頭のいい人が好きなんだ。と。
何て言うか・・・私は彼の言いなりになる便利な道具という訳ではなくて、本当にそれだけだとやっぱり物足りないんだと思う。
彼にとっての私は、実際に「ほかのやつらとは違う」「同じレベルで話せる相手」。私に常にそれを期待している。
だから、ただただ言いなりじゃダメで、私の方からも刺激を与えられてきたのであろうと、今まで。

最後に私の告白を受けた時に、ショックを受けつつもどこか納得というか謎の満足感を見せる気がするんだけど、それはやっぱり「私は自分が思っていたような、期待していたような存在だった」事に満足を得ているように見える。
私が彼に求めている「スリル」と、彼が私に求めている「スリル」の中身は全然違うんだけど、求めている強さは同じ位で、だから今回の二人は本当に対等な印象になった。

前回も、はたから見るとまったく理解できない「二人ルール」の存在をすごく感じたんだけど、今回はより強固にそれを感じた。常にお互いに欲しいものを相手に与えている。一見彼がエスカレートしてそこに私が引きずられているように思えるが、この二人はお互いに煽っていると思う。前回よりもさらにパワーゲームが複雑化している。

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それから、本当に、美しいは正義。とすごく思いました(笑)。
小西さんて本当綺麗な人だなあと思う。
良知私が彼に惹かれる理由が「だって、美しいから」で全部説明がつく。

二人は天才的な頭脳を持っている、という設定なのだが、正直この物語では頭の良さを発揮する場面が無い。
特に彼は、実際にやっている事の杜撰さばかりが目につく。ニーチェへの傾倒っぷりもかえって幼さが強調されるように思う。

私が彼にものすごく惹かれている事が、ものすごく頭がいいから。で納得できればいいんだけど、残念ながらできない。となると、観客にも分かる圧倒的な何かが欲しい。
彼は私にとってだけではなく、世間一般にもすごくモテモテな人であるし、その圧倒的に人を引き付ける何か。

その時に「美」は観客にも分かりやすくてそして絶対的だなと思う。
だってこの顔で微笑まれたらなんかもう全部許しちゃう。納得(笑)。


あと、この外見のペアだから許されるキャラクターだなとも思う。
この組は今の所私が見た事あるにろまり・松柿ペアと比較すると最も甘くない。最もリアルな印象で、実際に一番犯罪犯しそうな人に見える。特に小西さん。

小西彼は全く生きる実感が持てない人に見える。犯罪でスリルを味わっている時だけが唯一生きている気がする。ような反応しかしない。
一番壊れている感じがする。彼が重視することはこの世の摂理とは全く異なる所にある。

が、あの顔だから何か許しちゃう(犯罪を許すわけではなくて、その人物像を受け入れる)のだ。
だって綺麗だもん。


例えば、小西さんと全く同じ演技展開を大倉孝二がやったとしよう。・・・ものすごく猟奇的に見える気がする。
て何で突然大倉さんかというと困るんだけど(笑)。いや、小西さんと同世代の人が思いつけず。

良知君もかなり激しい演技展開をしているが、最終的に見た目が可愛い事で観客の受け入れ度が確実に上がる気がする。

二人がやっている事は二人だけのルールの中のパワーゲームで、文字通り、お互いにスリルをくれ。という点で深く深く結びついている。二人ともものすごく利己的で自分ルール発動でそこに甘さは本当にない。

のだけれども見た目の綺麗&可愛さが、その不毛さとか、すさまじく利己的とか、リアル犯罪者っぽい他者への関心の驚くべき欠如とかの印象をとてもマイルドにする。

あんまりミュージカル界にはいないんだけど、例えば大人計画的な見た目の人がものすごく歌が上手かったとして、らちこに的演技展開をしてしまったらば、観客は受け入れられないと思う。怖すぎて。
そこがあの見た目だととりあえずOKになるのは一体どこからくる印象なんだろう・・・。

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私も彼も、基本的に相手に対している時しか、観客は見る事ができない。普段の彼らがどんな態度で友人に接し、そこと相手とは何が違うのか、変わらないのか。

彼が唯一、私以外を相手にする場面。スポーツカー。
新納さんを見た時もなぜかここで泣いたんだけど、今回も小西さんを見ていて涙決壊。

うーん。思うに、小西彼はこの場面、とても意外な事に、本当に普通に子どもを手なづける。意外に自然に子供に話しかけるし、声が優しい。子どもに対する接し方も、ほんとに気のいいお兄ちゃんみたいな態度である。
他の魔術師彼とは違う。

思うに、私以外に見せている普段の彼は、意外とこういう人なのではないかと思ったんだと思う。
頭が良くて優しくて人あたりもいい。だから女の子も群がってくるし、みんな彼に夢中なのだと。

だから、彼の虚無のあまりの強さに反応して泣いたのではと。何で出会ったのが良知私だったんだろうと。
良知私はのちのち「彼と出会わなければ」と言われるが、それは彼にとっても同じで「私に出会わなければ」実はここまでエスカレートせずに、意外と普通の人生をだましだまし送れたのではないかと。

お互いに戻れない道に突き進む彼らの姿に本当にどうしようもない気持ちになったんだと思う。


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しかし前回も言ったけど、「怖いんだ」場面。
柿澤彼にはユダ(ジーザス・クライスト=スーパースター)を感じ、小西彼にはスターズを歌うジャベール(レ・ミゼラブル)をやっぱり感じた。何でだろう。
小西さんには将来レ・ミゼに戻ってきてもらい、ジャベールとかやってほしいな~と思いました。
まあジャベには美しすぎるが気にしない!

2012年11月20日 (火)

★ジーザス・クライスト=スーパースター エルサレムバージョンを見る。新機軸なジーザス。

先日、劇団四季の自由劇場に「ジーザス・クライスト=スーパースター」エルサレムバージョンを見に行ってきました。

後から知ったが、今回はほぼシングルキャストなのだが、ジーザス役の芝清道さんが休演されていて、代役でペテロの神永東吾さんがジーザスを演じていらしたのであった。

が、そんなことは全く知らずに「あ~芝さんじゃないんだ~」位に思って見終わってた・・・。
今回はジャポネスクも続くし、芝さんが早くよくなりますように。
&神永さんはすごく新しい感じのジーザスで私はすごく面白かったので、このままダブルにして芝さんの負担が軽くなるといいなと思った。

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★ジーザス・クライスト 神永東吾
★イスカリオテのユダ 金森勝
★マグダラのマリア 高木美果
★カヤパ 金本和起
★アンナス 吉賀陶馬ワイス

★司祭1 佐藤圭一
★司祭2 清水大星
★司祭3 真田司

★シモン 本城裕二
★ペテロ 玉真義雄

★ピラト 村俊英
★ヘロデ王 下村尊則

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ついに!!!!!私の初観劇から苦節20年(笑)?目にして(いや20年前はそもそもまだ劇団員じゃないけど。というか初観劇は多分正親ヘロデ見てるのでそっちの方が今となっては貴重)下村さんのヘロデ王をやっと見られたよ。よかった。

が、多分柳瀬ジーザスの後半とかの頃に見たらもっとすごかったんだろうな・・・とちょっと思った(笑)。
神永さんが変則デビューでものすごく儚いジーザスだったので、下村さんが意外にそんなにドSじゃなかったので(笑)。

ということで、神永ジーザスは私の中でとても新機軸な存在でした。

何かものすごく儚くて、「この人を護らなければ!!!」という強烈な保護欲をかきたてられると同時に、まったく相反する「こいつをめちゃくちゃにしてやりたい!!」という嗜虐性を煽るジーザス。に見えた。
不思議な存在感。

単純に「若くて細い」「見た目(顔)がかわいい」という点で、何となく頼りない。
ジーザスとしてはどうかという所もあるかもしれないけれども、図らずも神として祭り上げられてしまった、「ただの男」であるジーザスの信仰と苦悩と周りの人々との齟齬と、彼が最も信じている人から裏切られる事の哀しみをとても感じた。

神永ジーザスはあまり表情が変わらないが、何か常に何かがかわいそうに見える・・・。何でだ。
捨てられた子犬のような印象が。

民衆を前にした時に、次々「助けて助けて」とやってくる人々へ、「何とかして皆を助けなければ」と一生懸命手を伸ばしている所とか、でもきりがなくて、あまりにも不幸な人が多すぎる事に絶望して、さらに他力本願すぎる人々にも怒りを感じて、「自分で治せっ」と思わず言ってしまい、そんな自分に苦悩する所とか、ひとつひとつの出来事に対する反応がとても繊細に見えた。

だから私が今まで見た事がある柳瀬さんや金田さんのようなゆるぎなさや自信が無い、本当に「普通の人」という感じがした。
とても強い信念と意志と信仰を持ち、ただその思いだけで生きてきただけなのに、周りが勝手に神と崇めたり、手のひらを返したりする。その事に翻弄されて、でもされまいとして、懸命に神と対話する青年。


そんな誠実で真っ直ぐな青年であるジーザスに対するユダは、相変わらずこの世にはジーザスしかいない!!!勢いでジーザス大好きすぎるスンラさん。
やなぴょん相手の時は「すっごい乙女なユダだな」(比較対象が芝さんだったから余計に)と思ったのだが、今回はジーザスの方が乙女っぽいので、スンラさんの見え方もまた全然違っていてすごく面白かった。

が、やっぱりスンラユダの相手としてはやなぴょんがベストなんだろうな~とも思ったり。あとそもそも芝ジーザスってどんな??スンラさんはどう対しているの??という疑問がものすごく沸いたり。

スンラユダは基本的にジーザスしか見ていない。
彼が見る世界は全てジーザスを通して見える景色である。
マリアに対しての感情も、マリア本人をどう考えるかというよりも「きぃぃぃこんなに尽くしてきたのにジーザスはこんな女をはべらせやがって!!」的な感じだし。

スンラユダは、とても頭のよい普通の男性なので、ジーザスに熱狂する群衆が近い未来に手のひらを返すであろう事がありありと目に浮かぶ。もうすぐやってくる破滅に向かって突き進むジーザスの姿を見る事があまりにも恐ろしくて、ならばいっそ自分が幕を引こうと自ら裏切ってしまう。
しかしそんな裏切りをしようとしている自分を、ジーザスは初めからわかっていて、なおかつ許している事がわかる。
・・・絶望・・・。

思っていたよりもずっと凄惨な最期を迎えようとしているジーザス。そんな彼の姿を見る事が出来るのか。彼を永遠に喪った世界で生きる、そのあまりの恐怖にユダは耐える事が出来ない。
だからユダはこの世界から退場する。

・・・というような、ジーザスが大好きすぎるユダ。がスンラさんのユダだと思うのです。
なので、柳瀬大輔氏のような、ジーザスなんだけどどちらかというと菩薩みたいな、全てを静かに受け入れる、ゆるぎない存在の方がいいのかなと。最初から許されていると何かもう絶望するしかない。自分の全てをかけて対峙してもなお、最初から負けている、大きな壁であってこそ、スンラユダの哀しみや切なさが伝わると思う。

なのだが。
今回の神永ジーザスはとっても繊細でとっても儚くて、ユダと対峙した時も「・・・ママも僕を見捨てるんだね・・・」(←エリザベートのルドルフイメージ)的な雰囲気漂っていたので、そんなジーザスを敢えて裏切るユダがものすごく酷い人に見えた・・・。

この人裏切っちゃダメだろうユダ!!!可哀想!!!!

スンラユダはジーザスしか見えてないとは言え、基本実務家で現実的な人だと思う。
にも関わらず、こんなに「私を見捨てるのか・・・」という感じに打ちひしがれてる人を裏切るって、それは一体どういう事???ととても疑問に思ってしまう。

本来ユダはジーザスに対して、あらゆる相反する感情を持っていて、常にそれが渦巻いている人だと思う。
敬愛し、しかし現実的ではない行動には苛立ち、この世を渡るには自分がいないとダメだと思っているし、自分の方が優れていると思う箇所もたくさんある。でも、やっぱりどうしてもそもそも人間の大きさが違うのだという劣等感も多大にある。仰ぎ見ることもあれば見下す気持ちになることもあって、でも最終的にはどうしようもなく自分の小ささを感じる相手なんだと思う。

しかし、今回のジーザスを前にしたユダは、どちらかと言うと若く危なっかしいカリスマを自分が護らなければと見守ってきた人に見える。

なのに今よりによってそのタイミングで裏切るんだ!!!何で????ととても疑問。

で、そうなると結論として、「ジーザスが好き過ぎておかしくなった」という印象が残り、ユダの哀れ感の方向性が今までとだいぶ違って見えた。
ユダがどんなに酷いことしても決して壊れないからこそのユダの裏切りなんだけど、神永さんは普通にズタズタ傷ついてるジーザスだったんだもん・・・。


でも、それが全然ダメという事ではなくて、今までとはまた全然違う哀しみが伝わってきて、同じ作品なのに全然違う印象でとても面白かった。

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覚えていることを色々メモ。

・2階席なのに舞台の高さを感じない。
その位ものすごい傾斜舞台な事にびびる。

・群衆はいつ見ても動きが怖い。
でも、やっぱり今の四季は「蠢いている感」を出すのが難しい気がする。どうしても綺麗にまとまっている感が。

・神永ジーザス「自分で治せっ」のポーズが「変身!」(仮面ライダー風)みたいだった(笑)。

・スンラユダは気が付くと隅の方で転がっていることが多い気がした。ああ。苦悩。

・カヤパさまの低音が好き。「おそろしい~やつ~」とか。

・ジーザスはしーねー。も好き。いや、好きとか言うと語弊がある歌詞だが。

・アンナスの高音が最初誰だか分からなくて声の高さにびっくりした。・・・と、数年前も同じワイスさんで見てたのに同じ事を再び思った。

・でも実は何度も見てるのに、このミッキーマウス集団が誰が誰かいつも忘れちゃうのであった。

・ユダが「アンナスなんとか」「カヤパなんとか」と話しかけてくれるのでいつも有難い。これで覚えた。と思う。

・「ただのかーねー」とお駄賃を投げられて拾う屈辱的なんだけど、ああ。ユダ・・・と思って何か好きな場面。

・最後の晩餐。
対峙した時のスンラさん渾身の「わたしはりかいができない~。」がすっごく好きなんだけどやっぱり泣きそうになる。

・この時のジーザスが「・・・僕を見捨てるんだね・・・」といった傷つく青年だったのでもうものすごく可哀想だった。
行け、さあ~。が、「行かないで!」に聞こえる・・・。

・この時のジーザスが若干乙女のようなポージングで座っていたのが妙に可愛かったがこの場面でその乙女座りはどうだろう。

・神永さんは高音部がささやくような裏声だったりして、全体に歌の印象が柔らかいことも、ジーザスが儚く見えた一因なのかも。
激烈に生きる青年というよりは、静かに、ただただ神との対話を今までも繰り返してきた人。


・高木さんのマリアは綺麗で清らかな雰囲気なので、やっぱり娼婦設定が全然伝わらない気が・・・。
まあ四季の女優さんはみんなその傾向があるが。

・本城シモンはジャポが映えそうな顔立ちだなあ。彼のテンション高い「狂信者シモン」はすごく好き。

・あ、ジーザスが儚い印象だったり若い印象が残ったのは、神輿に担がれてたりするこういう場面でいつも困惑して見えたからかも。

・ペテロ玉真さん。「知るもんかあんなやつ!」て酷い・・・。
その直後に「あああ予言の通り行動してしまった・・・」と大後悔しても遅いよ・・・。

・村さんを10年ぶり位に見たかも!前はファントムだったので、やっぱりこういう役がいいよね村さん!!!と思った。今回の神永ジーザスは、ピラトの台詞がすごくよく分かる。「普通の男」とか「彼に罪は無い」とか「助けたい」とか。素直にそうだろうなと思う。
やっぱり見た目はともかくファントム役は「天使」と言われても納得の歌声だな~うっとり。

・ヘロデ王下村さん!!!一人別世界でキラキラ。目の周りもラメラメしてた。タイツ?もキラキラ。チラリズム。
嗜虐性をあおるよな。と思ったのはこの場面でいいように嬲られるジーザスを見て(笑)。

ただ、急きょの登板である神永さんに対してあまりひどい事ができないのか、若干やさしめな気もした(笑)。

ヘロデ王は、突然出てきてキラキラ歌い踊り、でも人の命を何とも思っていない暴君っぷりも分かる、恐ろしくも愉快な場面。ジーザスの困った無表情との対比が素敵であった。

・ユダの場面。
ジーザスが保護したくなるような人なので、そんなかわいこちゃんを裏切ってしまった自分に発狂するユダが猛烈に切ない。
「つみなき~人の血を浴びて」という歌詞がすごく印象に残った。たぶん、今まではどうあがいてもジーザスの手のひらの上。という感覚を、ユダ本人も、観客も持っていたと思うんだけど、今回はカリスマ求道者を保護者のように護ってきた感じで、親が子供を裏切るようなショックがあったと思うので「つみなき人」部分がとても印象に残ったんだと思う。

・しかしユダごろごろ転がり過ぎ。謎の上下運動な雰囲気で、一番上まで駆け上がりごろごろ。そして再び駆け上がりごろごろ。

・鞭打ち。
若干段取りっぽい動きをするジーザス。
ジーザス運び係も慎重。
あまり当たらない石投げ。
など、あまりに場面が凄惨なので、「これはお芝居なんだ」というところを一生懸命探してしまう。

・ピラトが助けたい助けたいと思って、でも結局「しねー」と思うことがとてもわかる。
ジーザスはもうすべてを受け入れている。だから何をされても揺るがない。

・十字架。
神永さん細い!!
そして演技なのか素なのか定かでない位よろめいている・・・涙。
可哀想。十字架はこの後自分が乗るので、運びやすさを優先するわけにはいかないし。

・さっきあれ程ジーザスを思いすぎて発狂してたのに、ノリノリで歌うスンラユダ。
これ以前のバージョンではゴンドラに乗って宙に居た気がするが、今回は上手隅固定。

あと衣装もっと派手じゃなかったっけ昔?今回は黒基調で間違ったロッカーな感じ。

・ソウルガールズは下手に。だが誰なのか名前も無い~分からない(泣)。

・スンラさん渾身の「ジィィィザアーーースッッ」が聴けて満足満足。

・十字架を立てるのは割とうまくいった。みんなとても慎重。一体感。

・十字架ではなぜジーザスはモデル立ちなのであろうか。
神永さんやっぱり細いよな・・・。

・いつ見ても誰を見てもなぜおなかが動かないのであろうか。
どんな特殊呼吸をしているのかいつも気になる。

・完。

・カーテンコールで、控えめにノリはじめるスンラさんがかわいくて好き。

・スタンディングオベーションになり、うれしそうな、ほっとしたようなスンラさんが素敵だった。

・大御所たちがのっしのっしと上からやってきて戻っていくのが何か好き。

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やっぱり、大好きな演目だと改めて感じた。
私ってスンラ好きだよな。とも改めて感じた。

芝ジーザスがどんななのかもやっぱり見てみたい!!
ジャポの下村ヘロデも見てみたい!!


2012年8月15日 (水)

★『ラ・マンチャの男』をついに見る。清らかで力強い作品。

長年「いつか見なければ!幸四郎が元気なうちに!」と思いながら叶えていない人も多いであろう、松本幸四郎のライフワーク ミュージカル『ラ・マンチャの男』をついに見てきた!!
15年位前から思っていたのだが、まあやっぱり15年位前に見ておけばよかった・・・という思いもありつつ、今、だからこそ、の良さもたくさんある(前と比較できないので何とも言えないが)と感じて、間に合ってよかったなとすごく思った。

が、8月19日マチネが記念公演と知り、なぜそこでチケット取らなかったのか!!とちょっと後悔(泣)。
これからご覧になる方は、チケットあるかわからないが19日をオススメする。

『ラ・マンチャの男』は、セルバンテスという劇作家が宗教裁判にかけられる、として投獄される所から始まる。
獄中で他の囚人たちに身ぐるみはがされそうになり、対抗するために即興劇を始める事になる。

劇中セルバンテスが演じるのは、ドン・キホーテと名乗り、時代遅れの騎士道を説き、宿屋をお城と思い込み滞在する「気違い」である。しかし彼は家来のサンチョを伴いいついかなる時も騎士道の精神に法り清廉に生きていく。
そこで出会った底辺で暮らす娘アルドンサを思い姫と慕い、愛を捧げる。

そんなドン・キホーテを正気に戻し世間体を取り繕ったり死ぬ前に遺言書いてもらわないと!といった打算も含めて心配する、神父と姪御のアントニア、彼女の夫カラスコが一計を案じる。

ドン・キホーテの運命は。
そしてセルバンテスは果たしてこの牢獄から出られ、無事に裁判を勝ち抜くことはできるのか??

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松本幸四郎は基本的に明るく華やぎがありそしてどこか可愛げがある所がすごくいいと思った。改めて。
正直、歌詞が聞き取りづらいとか、ちょっと抑揚つけすぎかなあとか思うところは無くもないけど・・・。

今、この年齢の幸四郎が「ドン・キホーテとして騎士道を守り続ける」所にこそおかしみや滑稽さ、そして切なさや清々しさが表現されると思う。
今よりも動けただろうし歌も上手かっただろうなと思われる若かりし頃に、今持っているこれらの魅力が充分に発揮できたかと言ったらたぶんそこまでは達していなかったと思うので、やはり舞台は難しい。若い頃は体力はあるが表現はこれからで、年齢を重ねると表現はついてくるが体力が持たない・・・。


2012年8月 5日 (日)

★『ルドルフ ザ・ラスト・キス』を見る。芳雄君て恋愛役者だよなあ。

スリル・ミーにがんがんにはまっていた時に、マチネで良知・小西組を見てから、ソワレで帝劇に「ルドルフ ザ・ラスト・キス」を見に行きました。

再演だけれども、初演宮本亜門から、デビット・ルヴォーに演出が変更で、キャストもほぼ総入れ替え。

デビット・ルヴォー演出は「ナイン・ザ・ミュージカル」を昔見て、目に入るもの全てが美しい洗練された世界にものすごく感動した覚えがあるので、今回も楽しみにしていた。


が、スリルミーなる、最もミニマムな事しか考えていない作品→自分のサインひとつで、世界が変わる可能性がある大プレッシャーを抱えた人物と、彼を利用しようと周りにわらわら集う人々の話、のはしごは、自分の頭の切り替えがぜんっぜんできなかった(笑)。

なんて大々的な話なんだ!!すごいきらびやかな世界!!←でもコスチュームプレイものではないのと歴史的にはかなり現代に近づいているので帝劇でイメージするほどのキラキラ感はない。

ブログ等で感想を見ていると、割とこの2作品を一日でご覧になっている方が多く、あと出演者自身(新納さんと万里生くん)が見に行ってるんだけど、みんなすんなり切り替わるのか??

正直1幕目はあまりに世界が違うから、なかなかついていけなかった。普段、ものすごい意味不明なマチソワとか結構がんがんしてきて、割とぱっと切り替わっていたのに。それだけスリルミー界がインパクトあるのか??

・・・結果、だいぶ感想がスリル・ミーに引っ張られてしまい、
・女の子がいるって世界が閉じなくていいな。
・やっぱり女の子居るといいよね!心が潤う♪
・ああ。恋愛っていいな。心が潤った。

と、どれだけスリル・ミーに心が荒んでいたか(笑)疑問に思うような感想を抱いた。
特に、昼間見たのが、私の目には不毛なパワーゲーム組、「彼」をひたすら試し続ける男良知君と、「私」をひたすらかわし続ける男小西さんだったので余計に。

正面からがつんがつんぶつかる「ルドルフ」の登場人物たちのパワフルさにちょっと圧倒された。

いや本来『ルドルフ』は、だいぶ病的だし追いつめられた二人の行き着く先は・・・という悲劇だし、全然「ああ恋っていいよね!!」という話では全くないのだが。

あと、スリル・ミーに影響された部分としては・・・実はどちらも実際の歴史から構想を得た物語で、しかも時代は30年位しか離れていない。
一方では「ルドルフ」のような宮廷文化があり、そのほんのちょっと先の歴史に、快楽殺人と言われるような現代的な犯罪がある・・・という、不思議な地続き感を思った。

世界はがらっと変わっちゃんだなあという事と、この時代に生きた人々はよくぞ生き抜いたなと。
『若い頃にウィーンに居てルドルフが心中したりエリザベートが暗殺されたりサラエボ事件を経験したりして、そのあと不穏なヨーロッパからアメリカに移住して、レオポルド&ローブ事件を新聞で読んで、世も末だ・・・と思った人』が普通にたくさん居たんだろうなと思うと、ルドルフの時代は本当に現代に近いんだという事と、ルドルフは時代に殉じた人なんだなという事をとても思う。

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物語は、国を憂い父親と対立する皇太子ルドルフが、マリーと出会い、そして死を決意するまでが描かれる。

が、やはり中途半端感は否めなかった・・・うーん。

宝塚で「うたかたの恋」を見た時に「いくら宝塚だからと言って、こんなに恋愛一色にしてはルドルフが馬鹿っぽくみえるよ~。もう少し政治的対立が!等の部分を出してほしい」と思ったのだが、今回の「ルドルフ」を見て、宝塚の潔さは必要だったと気づく。

ルドルフの生涯を考えると、描かれる物語としては
・マリーやその他愛人、正妻ステファニー等をくるくるめぐっていく、ザ・恋愛な物語
・父親と対立し、ひとつひとつはしごを外されるように追いつめられていき、ついに死を決意する物語
の2択になのかなと。

もちろんその二つは絡み合ってルドルフを追い詰めていくのだが、これを全部やろうとすると、メインキャストは15人位欲しいしもっと全てに押しつぶされていく閉塞感が欲しい。

今回の作品は、政治的な部分は父親と対立している所で表現、周りに翻弄される様子はアンサンブルプラスアルファ位の位置にいる照井さんたち友人にて表現、追いつめられる現実は主にターフェにて表現・・・と、割とこじんまりした所でまとまってしまうので、単に考えが甘いぼっちゃんに見えたり、彼が今実際に感じているであろう閉塞感が伝わりづらかったりする。
彼をめぐる女性はステファニーとマリーに絞られているので、まったく愛を持てない正妻と、唯一愛する女性の2択になってしまい、ルドルフの閉塞感はここからも伝わりづらい。

だからと言って、宝塚以外の作品でただひたすらマリーとの恋愛をメインにされてもついていけないだろうし難しい。オマエほかに考える事はないのか!!!とツッコミ疲れて終わりそうだし。


彼を主役にして、ドラマティックに物語を進めようとすると、どこまでも暗くどこまでも退廃的に、どこまでも救いがなくなるから難しいんだなと思った。

現在名古屋で上演中のミュージカル「エリザベート」におけるルドルフの15分の凝縮した人生はうまくまとめているんだなと改めて思う。この作品においてルドルフは一瞬たりとも幸せな描写が無く、恋愛絡みはばっさりカット(トートダンサーがスカート履いてマリーを表わしている位)されあっという間に時代にも両親にも押しつぶされていく。

が、これを3時間かけてひたすらやられたらやっぱり気持ちが沈むので、ルドルフを題材にして、気持ちが盛り上がるミュージカルを作るのはすごく難しいと思う。

見ていて、ルドルフものという事でもっと「うたかたの恋」とか「エリザベート」とかを思いだすかなと思ったが、意外と思い出したのは少女まんが「天上の愛 地上の恋」。
まあルドルフの側にいるのはアルフレート(司祭・男子。オリジナル登場人物)なので途中でそっち系に走っていき待てーと思った作品なんだけど、ルドルフがひとつずつはしごを外されて道が無くなっていく、その半端ない追いつめられ感がとても印象に残る作品だったので思い出したんだと思う。
あと基本生命力があるのは女の子だけで、男性陣はこれでもかと閉じていく世界観とか。


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肝心の物語では様々に中途半端感があったが、ワイルドホーンの全てが大ナンバーで無闇と盛り上がる音楽と、それを歌いこなす役者陣、デヴィット・ルヴォーの洗練された演出はとても楽しめた。

が、「帝劇というはったりが必要な空間とワイルドホーンの大はったりババーンと鳴り響く音楽」と、「ルドルフの生涯の退廃的かつ暗く険しい道とマリーとの束の間の恋、そしてルヴォーの洗練演出」は相いれない気もした。


誰が作曲したか知らないまま見ていたが、どう考えてもこの大ナンバーっぷりはワイルドホーンだろうよと思った。
今回のメインキャストは、芳雄くん、美桜ちゃん、吉沢梨絵ちゃん、坂元健児と、ばーんっと強く歌いきるタイプが多かったので、やっぱりワイルドホーンはこういう歌手ではなくては!!と思った。
聴いていてすごく気持ちいい。

そして何が違うのかわからんが、デヴィット・ルヴォー演出は何かが洗練されている。
常に盆がくるくる回り、人がわらわら出入りしていくので流れるように物語が進み、目に入るものは常に美しい。
セットの動き方が絵画みたいに?なる所とか、何か謎の銅像が出てくるとか、色々面白かった。

1幕も2幕もいきなり結構ばーんとしたナンバーが始まり、そしてだんだん客席の照明が落ちていくのも面白かった。が、2幕は結構怖い場面から始めるので音モノに弱い私はものすごくびびった(笑)。

この♪手の中の糸♪が曲も振付も好き。と同時に、芳雄結構露出度高く足とかチラ見せ場面なので(笑)・・・何これファンサービス???といろいろ疑問に感じた(笑)。←寝ている間の悪夢、という設定なので、衣装が寝間着だから。

この後、マリーと一緒に目覚めいちゃこらしている所も好き(笑)。
服に着替えるマリーの靴下?にキスして足から腰、とチュッチュしていく所とか、若干変態っぽいが(笑)、芳雄なら許す、とか思った。

しかしさらにこの後ばったりステファニーに会っちゃう所にびっくりした。
え~こんな出入り自由なのかステファニー???

彼の運命が決まる署名が入った小道具が赤く発光しているのも面白いと思う。が、あまりにもあっさり運命が決着してしまうのでちょっとついていけない&たぶん実際もこういう感じに追いつめられたんだろうなと思う。

ラストは、二人を見たいのでオペラグラスを使うと周りのセットチェンジを見逃すし、目がたくさんほしかった。
ベッドが現れ、そして暗転、銃声。

美しく静かな光景にて、幕。

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ただちょっと「エーメ」て歌いたくなった人はきっと結構いたと思う(笑)。


★☆印象的な人。

★井上芳雄=ルドルフ
久々に見た芳雄くん。
やっぱり芳雄君は恋愛役者だなあと改めて思った。
女性陣ほぼ全員とキスする場面とか、やたらマリーとチュッチュしているとか、やっぱり芳雄はこうでなくては!と気持ちが盛り上がった(笑)。

美桜ちゃんという強力な共演者を得て、遠慮せずに歌いきれるデュエットを聴けたのはすごくうれしい。
二人とも気持ちよく歌っていて、聴いていてすごく気持ちよかった。
歌えるっていいなあ。

ルドルフがやたらと煙草を吸っているのは、たぶんあのタバコは現代的な人だという象徴なんだろうなと思うけど、ちょっとうるさく感じたかも・・・。

あと、何度も言うが、スリル・ミーでぐるぐるしていた私にとっては、例えば役的には割と近い所にいる田代万里生くんと違い、芳雄君がスリル・ミーに出るイメージが全く無いのは何が違うんだろう??というのと、逆に万里生くんがルドルフやっているイメージも意外と無いのはなんでだろう??とか、いろいろ思った。
友人と話して、芳雄くんは女の子にはすがりついても男には絶対すがりつかなさそうイメージだからでは。という一応の結論を得た(笑)。
逆に万里生くんはあんまり女の子の前でダメになりそうなイメージが無くて、だからすごい年上とか男とか、何か枷が無いとダメになってくれないのかなと。または女子に鈍感すぎるばか坊ちゃんの二択。←ラカージュのジャンミッシェルとかすごいやってほしい。

女性陣全員とチュー場面で最後にマリーが来てからの二人のやり取りとか、最後は何だかんだマリーに包まれるように死ぬ事を決意するとか、マリーにすがるとか、はぁやっぱりダメ男子が似合う芳雄。好き(笑)。

★マリー=和音美桜ちゃん
やはり歌える娘っていいなと思った。美桜ちゃんは宝塚出身だけど、あまり娘娘した子ではなかったので、マリーみたいな役をやっても嫌味にならずに、聡明だけど未熟で直情的な女の子がとても合っていてよかった。

サカケンとのバトルデュエットの迫力が素晴らしかった。

★吉沢梨絵ちゃん=ステファニー
ルドルフとマリーの寝室でばったり!場面が恐ろしかった(笑)。
この梨絵ちゃんのソロナンバーは何か歌謡曲調の不思議な曲なんだけど、迫力で歌い切りやっぱり強い歌い方ができるといいなとさらに思った。

梨絵ちゃんはどちらかと言えば童顔でアニメ声なのでこの役には微妙と言えば微妙なんだけど、地味でしっかりしたステファニーと繊細で夢見がちな坊ちゃんルドルフとの対比が出ていてよかったと思う。

★坂元健児=ターフェ
小悪党といった趣の人。サカケンはどこかおかしみがあるのがいい所だけど、その分全体が軽く見えちゃうのはちょっと微妙かなと思った。
特にこの作品だと、「ルドルフにとっての現実」を一心に背負っているので。
♪手の中の糸♪と、マリーとのバトルが好き。

★一路真輝=ラリッシュ
久々の一路さん。誰もが思うが芳雄君と並ぶとエリザベートを思い出す。
相変わらず美人。舞台上で一番美しく輝いていた気がする。現実をしっかり見つつ、危うい若人たちを見守る姿がちょっと切ない。
が、歌のキーが合わない?のか、ワイルドホーンの無闇と盛り上がる系は合わないのか、ちょっと歌で苦戦している様子だったのが残念。

★その他、絶対知っているはずのアンサンブル陣がいっぱいいたのに全然わからなかった(泣)。
アクロバティックなダンスしてた人誰なんだろう??
あとお友達たち、照井さんしかわからなかった!とか。

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個々ではあちこち楽しめて、特に大ナンバーをばーんっと歌い切る芳雄とか美桜ちゃんとかサカケンとかを見られてとっても満足。
ルヴォーの「ああ洗練とはこういう事を言うのだ」という演出も堪能。
ワイルドホーンの大ナンバーにうっとり。

あとは物語自体にもっとうねりがあるとよかったな・・・。←一番大事な所なんだけど!!
最近見る物語は、こういう、全てがいいが後は肝心の話!みたいな作品が多い気がする・・・。


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